最期に映るもの

 


心を奪われたのは何時だったのだろう。──俺は知らない。

ずっと前。
俺が新選組へ入隊して、その日の内に桜庭鈴花と出会った。それで……それから……判らない。
嫌いだと思っていた。見ていると、苛々する。ただ話をするだけでも腹が立つ。笑顔なんてサイアク。癪に障る。 何が楽しくてそんなにヘラヘラしてるのさ。何度そう言おうと思ったか、七度目からは数えるのもやめた。
どんな答えが返って来ても、腹立ちは収まらないと判っていたから、尋ねもしなかった。

ある日。
屯所の裏手で一人稽古をしていたら、突然笑い声が耳に飛び込んできた。声の主は考えるまでもない。
壁の向こうには洗い場があることに気づいた。桜庭はしばしば他の隊士の汚れ物を押し付けられて、洗い場にいる時間が長い。
また、いつも通りヘラヘラしながら洗濯しているのだろうか。
何がそんなに楽しいんだろう。洗濯していても、掃除していても、いつも笑っている気がする。洗濯や掃除が好きなのだろうか。だったら何も剣で身を立てようなんてしないで、普通の娘らしく嫁にでも行けばいいのに。
ふと、女のなりで家庭を切り盛りしている桜庭の姿が浮かんだ。
それはなんだか、笑いたくなるような光景だった。
しかし、楽しいような気持ちは次の瞬間破られた。
桜庭の笑い声には、もう一つ、男のそれが重なっていた。誰だろう? 桜庭は誰とでもいつの間にか親しくなっているから、一緒に笑い合っているのが誰なのか、見当もつかない。
急に気温が──違う、自分の体温が下がったような気がした。

なんだろう。腹が立つ。

桜庭の笑い声を聞くと。
誰かと笑い合っている姿を見ると、余計。
闇雲に叫び出したくなるほど腹が立つ。

きっと、倖せそうだからだ。
笑顔を見て、笑い声を聞いて、何か──手当たり次第に人を斬りたくなるような焦燥感を覚えるのは、そのせいだと思っていたんだ。他に理由がない。
倖せそうで腹が立つ以外に、俺がこんな、訳の判らない苛立ちに襲われる理由がないんだ。

だから──
いつか殺したいと思っていた。
今はまだ新選組に居続けるつもりだから、周囲を納得させる大義名分なしに他の隊士を斬ることはできないけれど。
桜庭が局中法度でも犯してくれれば、斬ることができる。そうできたら、どれほどスッキリするだろう。
そう思っていたんだ。
俺の刃の下で、あの腹立たしい顔が恐怖に歪む様を想像するのは、なんだか嫌な気分だったけれど。そんな想像ですら思い浮かべたくないほど、腹の立つ顔なんだと。そう納得していた。

けれど、違ったんだ。
気づきたくなかった。気づかないまま斬り捨てていたら、きっと楽だったのに。気づいてしまったんだ。

見てしまったんだ、昨日。
人気のない竹薮で、桜庭が接吻している姿を。

理性が飛んだ。
思わず柄に手を掛けていた。
もしもそこで桜庭が抵抗する素振りを見せなかったなら、斬り入っていただろう。
息をひそめて二人の話に聞き耳立てて──

そして──そうして気づいた。
俺は、桜庭が…………

だから。
いつか。
──いつか殺してやるよ。

もしも好きになりかけていた時に気づいていたら良かったんだ。でも気づいた時にはもう手遅れだった。この想いは止めようがない。
けれど好いてもらうことなど不可能だ。桜庭が俺を恐れていることなど、分かっている。
大体に於いて、好いてもらおうなどと、下手に出る自分の姿は考えたくもない。仮にそうしたくとも、その仕方が分からない。
人に好かれようなど、これまで生きてきて考えたこともなかったのだ。今更この生き方を変えようもない。

けれど、他の男に心を奪われる桜庭の姿は見たくない。──もう手遅れかもしれないけどね。

だから。
いつか殺してやろう。

手に入らないものならば、斬るしかないだろう?

大丈夫。
優しく殺してやるよ。
苦しまないようにね。

だから。その瞳に最期に映すのは、俺にしてよね。いいだろう?

 


「あとがき」という名の言い訳。
書きたいネタがあって、でも大石鍬次郎という人がさっぱり判らなくて……
そこで、とりあえず書いてみた大石の一人語りです。
意味不明な上、痛い人になってしまいました。ごめんなさい。
鈴花の相手は、今後の都合上、斎藤さんです。
続き──と言うか、本来書きたかった話は、これから書きます。

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